Behind the Story

12/28/2021
STREET FIGHTER 5
CHAMPION EDITION
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  • カワノ
  • オレ個人ていう人間が、ときどさん個人ていう人間にシンプルに勝てたらいいなって
  • // Chapter 1
  • 「獣道2」における「ウメハラvsときど」。カワノはそれを大学の講義中に視聴していた。道の定まらない二十歳の大学生にとって、それは遠い世界の出来事だった。

    「ストリートファイターⅤ」において「新世代筆頭」と呼ばれているプロゲーマー「カワノ」。
    九州出身。子供の頃は本格的なサッカー少年だった。その親や周囲の期待もあった「めっちゃ頑張っていた」サッカーを、カワノは中3で辞めてしまう。サッカーが嫌いになった訳ではなかった。学校や部活動を取り巻く環境に嫌気が差したのだ。

    「眉そりとかでもめっちゃ文句言われましたよ。眉そりが禁止なんですよ、そもそも校則で。それでめっちゃ切れられるとか訳が分からんかった。髪も相当うるさかったですね、アシメがダメでした。前髪が目にかかってたら駄目みたいな。これはどこもなんかな? 買い食いもダメやったし」
    年頃の少年にとってはいささか厳しい風紀。器用に合わせるような性格でもない。中でも一番ひっかかったのは部活の朝練における朝掃除だった。
    「たまにやっぱ、見るんですよ。そのサッカーやってた時の夢を。心情がその時になるじゃないですか。『頑張るかー』って気持ちになるんすけど『や、でも朝掃除あるし、やっぱきついな』って……」
    朝掃除が嫌だったのではない。特に必要ないと思われる状況でも頭ごなしに強要される。その納得の行く意味や理由を誰も教えてはくれなかった。何となくそういうものだという空気が支配的な中で、そういうことを曖昧にしたまま続けることは何か耐え難かった。
    そういう自分を納得させてサッカーを続けたいというカワノの気持ちは、朝掃除に来ているメンバーでレギュラーが組まれるに至り途切れてしまう。
    「オレそこで練習サボりがちになっちゃたんですよ。そんでその、グータラになっちゃいましたね」
    そこからぽっかりとカワノの青春に穴が空いた。
  • // Chapter 2
  • サッカーを失っても代わりに打ち込むものはない。カワノの「かなり何もやってなかった」生活が続いた。地元の高校を卒業し京都の大学へ進学したものの時間だけが過ぎて行く。
    「超酔っ払いながら朝始発で下宿に帰ろうとする時に『オレこんまま生きていくんか』っていう。そこの不安感がありましたね。なんかこのままは嫌だなっていう。かなり虚しかったですね」
    「よろしくない先輩」から若者の遊びを教えてもらい朝まで飲み歩く。そんな生活が続いていた。

    「ストⅤのランクマは大学一年からやっとって。正確には高3の時には買っていたんですけど、受験始まるから速攻でやめちゃって」
    小学生の頃からゲームは好きだった。ポケモンやドラクエといった誰もが遊ぶようなソフトを楽しんでいたという。格闘ゲームは「ストリートファイターⅣ」シリーズが初めて遊んだタイトルだった。
    「親が共働きだったんで友達の家いることが多くて。そこでスト4をやったのが初プレイだった」

    勉強に身が入らず遊び歩く大学生活。「ストリートファイターV」のランクマッチはそんな生活の間隙を埋める存在だった。自堕落な生活からの「逃げでやってた部分はあった」ものの「やるなら勝ちたい」という気持ちも強かった。
    頑張れば頑張っただけ少しずつランクが上がっていく。自分の努力がそんな形で可視化されることも性に合っていたのだろう。対戦の面白さに目覚めて月一で大阪の対戦会に通うまでになっていた。そんな風に少しずつ腕を上げていった。

    二十歳の時に転機が訪れた。「よしもとゲーミング」主催の大会に優勝したことで招待された「EVO2019」ラスベガスで行われる世界最大のトーナメント。大会成績は散々だったが、それまで対戦する機会のなかったプロ選手達と対戦を含めた交流をすることが出来た。帰国後にプロゲーマーの「ガチくん」からオンライン対戦に誘われたのも「EVO2019」での交流がきっかけだった。

    「ランクマはもうグラマスまで行ってるんで特に目標がないんですよ。そんな時にガチさんから対戦を誘われた。大きい大会でコーリンと当たるみたいな感じで」
    カワノの使用キャラは「コーリン」。プロゲーマーのガチくんから大会での対策相手として指名されたカワノは必死で食らいついた。
    「それがやっぱ楽しくって。すごい負けるんですけど次の日からはもう自分から頼んで。どういう風にすれば良かったのかみたいな感じで考えて、色々修正して(対戦するのを)頼んで。てやってたら次にガチさんから『いや今日はもう』みたいに断られて(笑)」
    スパーリングパートナーとしての役目が果たせたのかどうかは分からない。「当時はメチャクチャに下手くそだった」が全力は尽くした。「初めてキャラ対に向き合って」自分が伸びた実感があったという。
  • // Chapter 3
  • その後も「ストリートファイターリーグ: Pro-JP」に出場するなどして実績を積んでいったカワノは上京を決意する。

    決めたのは夜も明け切らない始発電車の中だった。朝まで飲んで酔っぱらい「オレこんまま行きていくんか」と思いながら乗っていた始発電車。その中で、決めた。
    「それもまたやっぱその始発で帰る時にそう思いました。これやんないとなって。……なんか先輩も言ってくれたんですよね、大学の先輩も『お前はもう絶対にゲームの方がいい』みたいな」
    遊びを教えてくれた「良からぬ先輩」ではあったが気にはかけてくれていた。カワノの頑張りに何か感じるものがあったのかもしれない。
    「決めたら速攻やっちゃうタイプなんで。親に連絡して、まあむちゃくちゃ反対されましたけど押し通して。あとやっぱEVO行ったっていうのが大きかったんだと思います、勝って招待でアメリカまで行って。そこの順位はゴミでしたけどやっぱその、材料にはなった」
    今やらないと後悔する。その思いで押し切った。

    サッカーを失って「グータラ」な生活を送っていたカワノ。燻っていた気持ちの反動は学業ではなく格闘ゲームに注ぎ込むこととなった。元々の性格として「打ち込むのは好きなんだと思います」と語る。
    「それがしっかり数字として出てくる、だったり。実際結果として目に見えるようなものだったら打ち込みたいなってのがありますね。後々になっても役に立つだろうなって。役に立つっていうのは将来稼げるようになるみたいな意味合い。働きたくない、からこそみたいな感じですか(笑)」
    現実とのバランスを大切にしているカワノ。ちなみに彼にとって「働きたくない」とは文字通りの意味ではなく「上に縛られない」生き方が出来るようにという意味だ。

    賞金の出る大会が間断なく開かれ、その結果が露出やスポンサー獲得に繋がっていく。成績が評価に直結する格闘ゲームのeスポーツ化は、目に見える結果を欲していたカワノにとってドンピシャだったと言える。ズレ続けていた彼の歯車が噛み合ったのだ。

    上京後の活躍は格闘ゲームファンにはお馴染みだろう。2020年はプロゲーマーとして中堅クラスの成績を収め、2021年には「EVO 2021 ONLINE」「第3期 TOPANGA CHAMPIONSHIP」という2つのビッグタイトルを手中に収めた。リーグ戦「ストリートファイターリーグ: Pro-JP 2021」ではチーム「Good 8 Squad」のエース格としても活躍。チームの一位通過に大いに貢献し、2022年に行われるグランドファイナルの切符を手にした。
    カワノは今年一番ノッているプレイヤーの一人であり、これらの実績があったからこそ「獣道4」の参戦志願をウメハラに認められたのは間違いない。

    「反骨心が、やっぱ芯ですね。絶対に、反骨心が。なんか『無理』って言われると『出来るよ』みたいな感じでやりたくなるんですよね。東京出るって言った時もやっぱ…周囲の格ゲー勢にも『今からやっても勝てるわけない』みたいな。『ずっと格ゲーしてるオッサン達に勝てるわけがないよ』みたいな感じだった。それはやっぱやってみないとってのはありました」
  • // Chapter 4
  • すでにトッププレイヤーの一人と言っていい存在のカワノ。彼の使用キャラクターである「コーリン」は一貫して使い続けている相棒だ。選んだきっかけは新キャラクターとしてリリースされた時期が自分の遊ぶタイミングと重なったこと。既にやり込まれたキャラクターを後追いでやるよりも、手垢のついていない真っ更なキャラクターの方が勝てるのではないかと考えた。

    「そういう甘い考えがあって。それでコーリンですね。キャラとしては当時そこまで強くなかったんじゃないかな。トリガー2がなかったんで」
    その後の調整で強化されたこともあり「ラッキーでしたね」と語る。とはいえプロシーンの現実において使うことが明らかに無謀な性能でない限りは、出来るだけ使い続けるつもりでいた。

    「俺の中でキャラをコロコロ変えるのだけは多分、感覚的に良くない癖だなあって思ってた。そういう癖って多分あんま良くないなって。なんでできるだけ一本でやろうってのはありましたね。……色んなキャラを使えるのは凄いなってのはやっぱありましたよ。でも色々使える人に余り強い印象がなかったんです。なんか器用貧乏だな、みたいな」
    そういった感覚は十代の頃の経験が無関係ではないようだ。
    「やっぱ…色んなの辞めてきたからそういう感覚になったんじゃないかなあ。分かんないけど。サッカー辞めて、試験勉強も中途半端やったし。コロコロは良くないんだろうなってちょっとありました」

    「最初はアレから考えてますね。どっちが追っかける組み合わせか。そういう根本的なところから考えます」
    カウンターに比重を置くカワノの対戦スタイル。カウンターを狙うにはただ待っていては駄目で相手にどう圧力をかけて動きを誘発させるかが大切だ。
    カワノの試合はタイムアップやその寸前となる試合が少なくない。その理由は判定勝ちも視野に入れ「1ラウンド99秒」というゲームシステムを逆算して勝ち筋を考えているからだ。これは微差になる試合も少なくない。だからかミスについての意識は人一倍高く持っている。
    「ミスは絶対にしないようにしたい。やっぱ完璧に見えた試合でも絶対に、何なら4つ、5つくらいはミスしてるとこあると思うんですよ。それを極力なくしていきたい。……そもそもミスに気付いていないプレイヤーが多いんです。凄い勝ってて内容もイイ感じだとしても絶対ミスしてる部分がある。そのミスに気付くっていうのが一番大事なことですね」
    どんなに良かった内容に見えてもミスは必ずある。だから「ラウンドが終わった瞬間、反省点を探す」と語る。ミスを見逃さない感受性を試合中も磨いているのだ。
    またミスに気付いたとしてもそれをすぐにプレイに反映出来なければ意味がない。特にプロは即応性が大切である。試合が終わってからでは遅いのだ。
    「そこに関してはそういうケースを何回も経験することによって緊迫した場面でも出来るようにする。練習でちゃんと反復する場面を意識して作れるか。絶対に自分が実力的に勝っちゃう相手なら、そういうシチュエーションを意識した練習にしたりもします」

    プレイヤーとして理想の自分が100点として、今のカワノは何点くらいなのだろう。「数字は単なるイメージでしかない」と断った上で「……68点」と答えたカワノ。概ね2/3まで来ているというところ。具体的に何が足りないと考えているのだろう。
    「対空とかヒット確認とかコマテクとか、あともうちょい向こうの心理を読むみたいな」
    当たり前のことを積み増しする。特別なことは何もない。それらは他のプロと比較しても相当なレベルにあると思えるが、本人にしか分からない微差「0.5点を取りに」行っているのだと語る。こういった細かい積み重ねがプロとしての差になるという信念。カワノの緻密な対戦スタイルはそのような妥協しない感性が支えている。
    「変なところで完璧主義者なんすよね。こだわりがあるんだと思います」

    上京して間もなくカワノは使用デバイスをレバーレスコントローラー(通称レバーレス)へ変更した。このような点からも彼の「完璧主義」は垣間見える。
    レバーレスは全てをボタンで行うタイプの新型コントローラーだ。精緻な動きが出来る反面、習熟が難しいという難点を持つ。使いこなせるまでは大会成績に影響することは必至なこともあり、多くのプロ選手が採用に慎重だったのは当然のことだろう。その状況を尻目にカワノはレバーレスコントローラーの先鞭をつけることに成功した。
    先を見据えての決断。習熟のための努力。そんな瞬発力と継続力を支えているのも彼の「完璧主義」のなせる業だ。今後も100点の自分に向けて妥協することはないだろう。
  • // Chapter 5
  • 「大事なところで負けてるんですよ。だいたいトップ8とかトップ4とかってめっちゃ大事なとこで。負けてる印象は強いですね」
    対戦相手のときどに対しての印象は「練習でも1-9で大会でも1-9」。カワノからするとその位やられているという感覚らしい。本人にとって「大事なところ」で負けていることもあるのだろう。
    「こないだの予選ではじめて3-0で勝って。結局本番負けてますからね、決勝リーグで」
    「こないだの」とは今年の5月から7月にかけて行われたリーグ戦「第3期 TOPANGA CHAMPIONSHIP」。その予選リーグでときどを倒したカワノだったが、決勝リーグではときどが勝利した(総合優勝はカワノ 準優勝はときど))。

    カワノはときどの強さについてどう感じているのだろうか。
    「勝ち筋を見つけるのが早い。本当にいい勝ち筋を見つけてくるんですよ」
    ここぞで予想を超えてくる「あっ、それかって」。試合中の判断力に長けたカワノをしてそう言わしめる。ときど恐るべしといったところか。
    「相手キャラの後ろ下がり、前歩き、しゃがみ、立ち。そこから得てる情報量が多分あの人違うんですよ。そこをオレももうちょい読み取れないとなって最近思いますね」

    大学生の時、講義中の後ろの席で「ウメハラvsときど」を視聴していたカワノ。それが自分と地続きだったとは「全然思わないですよね」。敗北したときどの姿に思うところはあったという。
    「格好いいなと思いました。こう言っちゃあれですけど大の大人がゲームで泣くってまあ無いじゃないですか。それだけの感情があったんだろうっていうのはありました」
    一人でそれを見ながら「何かいいな」と感じていたカワノ。ほぼ一回り歳の差があるカワノからすれば、まさにときどは「大の大人」だろう。そういう二人の対決である以上、世代交代の戦いと見る向きも当然あるはずだ。しかしカワノ自身は世代交代という言葉を「好きな言葉じゃない」という。
    「オレ個人ていう人間が、ときどさん個人ていう人間にシンプルに勝てたらいいなって。格ゲー界の未来背負うとかそういうのは全然。超どうでもいいです。……周りはそういうんじゃないでしょうけど、まあそれは」
    一人の男と一人の男が対決する。カワノにとっては「「それだけという感覚」なのだ。
    「人生一番の労力、一番の気概を持って臨むつもりなんで。楽しみですよね。自分がどういう仕上がりになるのかっていう」

    自身の全てをここにぶつけるという決意。それは燃やし尽くせなかった十代の自分自身に対する思いでもある。
    「サッカーも頑張ってたら出来たんだろうなって。それで食っていこうみたいな気概で頑張るって風にならなかったんで…今から転生してやるってなったら絶対なれるかなあっていう」
    あの時もしも……それは後悔とは少し趣が違うものだ。その思いを燃やせる対象が今のカワノにはある。その思いがあるからこそ格闘ゲームへの熱量は揺るぎない。
    人の時はそれぞれだ。燃やすのは今。カワノの一世一代が始まろうとしている。
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