On the Road Vol.1

04/29/2026
STREET FIGHTER 6
:: ストリートファイター6
Daigo vs MenaRD
獣道 The Beast vs The Bull に寄せて
ウメハラ、その軌跡
  • 人気とか抜きにね、ウメちゃんに勝って欲しいとかじゃなくって。『身銭切った勝敗予想して外したら財産半分』って言われたら何人の奴が自分に賭けるんだろうって。オレでも分かる ——
  • // Chapter 1
  • 今回を頑張らないんだったら、もう、この競技の世界にいるべきじゃないなと思って ——
  •  対戦格闘ゲームという新しい遊びが成立してから実に30年以上の月日が流れた。梅原大吾(ウメハラ)はその歴史と共にキャリアを歩んできたプレイヤーだ。数十年の環境の変化は凄まじい。長らく現役プレイヤーとしてそこに適応しながら最前線を戦い続けてきたウメハラ。今、彼はキャリアの分水嶺になろうかという試合を控えている。

     現行タイトルである「STREET FIGHTER 6」におけるウメハラの戦績は、芳しいものとは到底言えない。来月で45歳、2010年からのプロゲーマー生活から16年目。現代のプロシーンを新時代とするなら、ウメハラが青春を過ごしたアーケードのそれは旧時代。新時代の俊英たちが、旧い世代を押し出していき世代交代は進む。これは勝負事では避けられない自然の摂理だ。

    「良い準備が出来ていると思いますね。もうオレ自身がそういう状態になってます」

    「そういう状態」とは、過去に行われた数々の大一番における研ぎ澄まされた状態のことだ。
    一日の大半をハードな対戦に費やして飽くことがない。ストレスよりも集中が勝っている。食事や酒を楽しんだりという気分にも全くならない、そもそも食欲を余り感じない。頭の奥が常にどこか冴えている。普段なら気にならないような、周囲の僅かな変化にも気が付く、気が付いてしまう。喩えるなら水の味が分かるような、そういう状態だ。

    「状態としてはカプエス2 (CAPCOM VS. SNK 2 MILLIONAIRE FIGHTING 2001) 以来じゃないかな。もちろんあそこまで尖ってはいませんけど」

     2001年に行われた通称「カプエス2」の全国大会。もう25年前の話だ。当時、二十歳のウメハラが「絶対に勝つ」と思い詰めて臨んだ大会である。その時は明らかに精神のバランスを欠いており、それこそ過集中で胃が食事を受け付けない、という状態にまで至った。結果は決勝トーナメントで敗退。それまでのゲームに対する取り組み方を見直すきっかけにもなった大会でもある。
    年齢と経験を重ねたウメハラであるから、もう当時の様なアンバランスを心配する必要はないだろう。これはあくまで勝負に対する純度についての話だ。

    「いや、改めて好きなことって大したもんなんだなって。本当に。だって同じ人間が同じことやってるのに全然違う。思いつくことも、プレイの内容も」

     これまでの自分が「ヌルく見える」というウメハラ。従来の攻略も抜本的に見直さざるを得なくなるほど、次々と課題やアイディアが湧いてくる。今までが真剣じゃなかった訳ではないのに、これ程までに違うのは何故なのか。

    「まあだから、やっぱりこれなら納得いくっていう試合だと思うんですよね。ちゃんと準備期間もあって、条件も同じで。これで負けたら言い訳きかねえなっていう」

     これで負けたら言い訳が効かない。そこまで詰める、詰められるという自負が、このイベントに賭ける思いの深さを表している。ウメハラは、まさに背水の陣で臨んでいると言えよう。

    「だから逆に、今回を頑張らないんだったら。もう、この競技の世界にいるべきじゃないなと思って。この勝負が決まってからの取り組みで『ああ昔はこういうことしてたのにな』って気づかされたんで。まあそういう風に思ってますね」

     いるべきではないという言葉は、とりも直さず敗北における身の処し方にも直結している筈だ。だが、語られる内容の重さの割に、それほどの気負いや感情は感じない。

     これまでの大一番。例えば「vs Infiltration (MAD CATZ UNVEILED JAPAN)」であり「vs ときど (獣道2 / Kemonomichi #2)」といった試合がある。ウメハラにとって、当イベントがその延長線上に位置するのは間違いない。研ぎ澄まされた今の状態がそれを証明している。ではあるのだが何かが違う。
    それは佇まいのようなものだろうか。これまでの勝負における直前期のそれには「これ、もう負けるわけねえじゃん?」といったような、隠しても隠しきれない勝負に逸る血気のようなものが溢れていた。

     試合まで、もうそれほどの時間は残されていない。この期に及んでの、どこか粛々とした佇まい。それは一体何を意味しているのか。解釈はそれぞれだが、恐らく大切なのはこれまでの趣きとの相違、それ自体に鍵があるのだろうと云うことだ。
  • vs Infiltration (MAD CATZ UNVEILED JAPAN)
    vs ときど (獣道2 / Kemonomichi #2)
  • // Chapter 2
  • シビアな視点でいうと惰性です、18歳以降の格ゲーは ——
  •  90年代からゼロ年代、日本における格闘ゲームの最前線はゲームセンターだった。オンライン全盛の現代とは異なる力学が存在していた時代といえよう。その前時代、ウメハラは突出した強さで2D格闘ゲームシーンの中心選手となった。

    「まあシンプルに有名っつうか。その世界で知られたかったっていうのはありましたね。そうなったら何か良いことがあるような気がしてた。子供の時って何がどうなるんだろうって想像がつかない。性格的にどうなるか分からないことに大きな魅力を感じるタイプなので。この世界で滅茶苦茶強くなったらどうなるんだろうってワクワクがまだその頃はあって、とにかくその位置まで行きたいみたいなのはありました、当時はね」

     過去の格闘ゲーム、特に90年代のそれはオンライン前提の現代の格闘ゲームと比較すると、競技性において非常に荒削りだった。腕っぷしであれば「喧嘩最強」。クルマの速さであれば「公道最速」。例えるなら競技以前の格闘ゲームには、そんな掴みどころの無さがあった。

    「負けん気の強い連中が皆ひれ伏すっていう状況って、どんな気分なんだろうなって。そういう楽しみがありました」

     現代から見れば技術的に拙い面はあったが、ゲームセンターでは誰もが負けん気を剥き出しにして対戦していた。そういう気持ちの鍔迫り合いがなければ、ウメハラもこれほど夢中になることはなかっただろう。客観的な基準が現代よりも遥かに曖昧だった時代。そんな状況下で周囲に手っ取り早く「分からせる」方法。それが全国大会制覇だった。

    「そういうところにモチベーションがありましたね。でも振り返ればZERO3 (ストリートファイターZERO3) の全国大会に勝った辺りで、そういう未知への憧れはなくなったんだろうなと思ってます。その段階で『どうなるんだろう?』ってワクワクはなくなりました。だから17、8歳でもう(そういうモチベーションは)ないですね、シビアな視点でいうと惰性です、18歳以降の格ゲーは」

     1998年に開催された「ストリートファイターZERO3 全国・世界大会」は地上波でも放送されるという、当時としては破格のイベントだった。「ストリートファイター2 (1991) 」からはじまった90年代の格闘ゲームの一大ブーム。その象徴ともいえる大会でウメハラは優勝した。もうこれ以上のイベントはないだろう。同イベントはそう感じさせる規模の祭りだった。事実、この大会を境にして少しずつ当時の2D格闘ゲームは勢いを失っていく。高校卒業を控えた時期だったウメハラが格闘ゲームに見切りをつけるとしたら、これがその時だったかもしれない。

    「何となく続けちゃいましたね。まあ惰性っていっても、その後も異常な頻度でゲームを続けたから他人にはそれが分からない。カプエス2 (CAPCOM VS. SNK 2 MILLIONAIRE FIGHTING 2001) の全国とか尋常じゃないくらいやったし。ただ気持ちの中でそうなってます。一回終わりを見ちゃってるから。新しいゲームをやる時も『あそこを見に行くんだ』になっちゃってるんですよね。『何があるんだろう? どんな景色があるんだろう?』じゃなくて。全然違うんですよ、意味合いが。それは絶対そこで大きく変化がありました。仕方のないことだなと思ってます。あくまで自分の中の基準ですけど」

     ウメハラは繰り返しや馴れに対する拒否感が人一倍強い性格だ。動機や目的レベルにおけるモチベーションの低下は深刻だっただろう。
    しかしその後のウメハラは、むしろそれまで以上に格闘ゲームの深みにのめり込んでいったようにも見える。当時の彼を知っている者なら同意する向きは少なくない筈だ。それは彼にとって、ある種の空しさからの必死の逃避行動だったのかもしれない。
    後のゼロ年代半ば、ウメハラが突然格闘ゲームから距離を置いた時期があった。それまでのひたむきさから、一転してのよそよそしさ。そこには「0か100か」という、表裏一体の心理が働いていたとしても不思議ではないだろう。

    「もう一回、ZERO3の時に近い気持ちになれたのは (2010年に) プロになってからですね」

     プロゲーマーへの道に進んだウメハラ。「ストリートファイターZERO3」のリリースからおよそ12年。新たな未知の地平が待っているという状況が、再び彼の心に火を点けたのだ。

     傍から見ていてもその入れ込みようは常軌を逸していた。当時の最新バージョンである「スーパーストリートファイターIV」が家庭用しか存在しなかったこともあり、旧友の家に泊まり込んでオンライン対戦漬けの生活を続けたウメハラ。夜が白むまで対戦を続けることも珍しくない。有力な対戦相手がいなくなる朝方に眠りにつき、昼下がりに目覚めると、今度はトレーニングモードでひたすら技術練習と攻略のためのリサーチを繰り返す。そして夕刻からはそのままオンライン対戦に移行する……。
    そんなゲーム漬けの生活を続けて数ヶ月もすると体調に異変が生じた。顔面の一部は麻痺し、一部は痙攣が止まらなくなっていたのだ。そこに至ってやっとウメハラは自身の取り組みを見直した。

    「プロになってこの先どうなるか分からない。そんな未知や不安が、人間のやる気を引き出させる上で大事な要素なんだなって。それがやっぱりプロとして安定していくにつれて、どうしても薄まる。仕方のないことなんです。薄まっていない人を見たことがない。全員薄まっています。安心をしてなければ薄まらないんでしょうけど。でも安心や立場が出来たりした人間っていうのは、今のところ100%そうなってます」

     安心と引き換えに、未知への不安や好奇心を失う。だが生きる目的の一つが、そういった安心や立場のためでもあるのだから、これはどうにも仕方のないことだろう。見方によっては薄まりたくて人は薄まる。彼にして、安心安全の日常生活が嫌いであろう筈もない。
    だが、今度は渇望していた筈の安全安心な日常が澱を生む。これは誰にとっても不可避の淀みだ。

    「まあ対戦そのものは今でも好きです。でも三十年以上やってることだから新鮮ではありえないんですよね、自分にとっては日常だから。そういう薄まっていく日常の中で危機感やワクワクを持たせてくれてたのが、こういう取り決めを交わした10先勝負なんですよ」
  • To be continued in Vol. 2
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  • // On the Road
  • Vol.1:ウメハラ、その軌跡(日本語)

    Vol.1:Umehara's Path (English)